SOLO: Improvisations For Expanded Piano / Lyle Mays

Lyle Maysの通算4枚目のソロ・アルバム。

当時のインタビューを読むと元々、4枚目のソロ・アルバムとしては全く別の編成での制作を考えていたようだが、直前に行っていたPat Metheny Group(以下、PMG)でのワールド・ツアー(アルバム「Imaginary Day」に伴うツアー)において行っていたソロ・コーナーの出来をMethenyがいたく気に入って、ソロピアノでのアルバムを出すべきだと焚きつけたようである。

ソロピアノによるジャズ分野でのアルバムとしては、いわゆるスタンダードをソロでプレイしたものや、即興演奏によるものなどがあるが、このアルバムではMaysは即興演奏によるソロピアノに挑戦している。この分野については、Keith Jarrettというとんでもない先達がおり、さすがにMaysも、同じような形式のアルバムになることは避けつつ、同時に個性というかLyle Maysらしさを出すために非常に特殊な取り組みをこのアルバムでは展開している。

すなわち、アコースティックピアノによる即興演奏(一部、あらかじめモチーフが決まっていた曲もある)を録音すると同時に、そのアコースティックピアノにMIDI端子を搭載してその演奏をMIDIデータとしても出力、記録。後日、MIDIデータを用いてシンセサイザー音源を鳴らし、編集、元々のアコースティックピアノの演奏とミックスする形で作品を仕上げている(ものと思われる。何しろ、まともにプロセスを解説、説明したものがない)。ただし、シンセサイザーの音はあくまで脇役、主役はアコースティックピアノである。したがって、一聴するとシンセサイザーらしき音はほとんど気にならない。しかし、よくよく耳をこらすとそのピアノにひっそりと寄り添い、あるいは白玉の音符の中に、あるいはピアノの音を鳴らし終わったその後の空間にピアノだけでは出し得ない音が佇んでいる。日本盤発売の際には「ソロ〜残響」とタイトルが付けられていたが言い得て妙である。

もちろん、アコースティックピアノの音にシンセサイザーの音を重ねて鳴らすという、いわゆるレイヤリングの手法は昔からあり、現在のシンセサイザーの音源の中にもそういった「ピアノ+Pad音(ないしはストリングス、効果音等)」というような音色も普通に準備されている。Mays自身も以前からのソロアルバムやPMGのアルバムなどで、こうした音作りは普通にやってきているし、ライヴにおいてもYAMAHAのMIDIグランドピアノを使用したり、最近ではSteinwayにシンセデバイスを載せるという前代未聞な手法を含めて積極的にやってきている(例えば、PMGのSpeaking NowツアーでのSong for Bilbaoでは、ピアノソロの間に一瞬でシンセホーンの音に切り替えてオブリガードを自分で入れている姿が確認できる)。ただ、今回のアルバムの場合、そのレイヤリングのレベルというか手のかけ具合が尋常ではない。当然のことだが、一曲、あるいは一フレーズ毎にいちいち細かく重ねる音をコントロールしていることがわかる。実際、このアルバムの発売に関連してのいわゆるレコ発ライヴといったものは一切行われていない。当時、ご本人もインタビューで発言していたが、ライヴ演奏でこのような音作り、サウンドコントロールを即興演奏の中ですることは不可能だからである。その点では、前人未到の領域を開拓したと言っても過言ではないだろう。これ以降、このような作品(というか、それ以外の編成も含めた、そもそもソロアルバムそのもの)が全く途絶えてしまっているのが、もったいないと言えば勿体無い限りである。

上記の通り技術的な面もすごいのだが、もちろん、楽曲面でも非常に聴きごたえがある作品となっている。ほとんどの楽曲は完全に即興で演奏されており、いわゆるジャズという枠組みで括り切れるものではなくなっている。クラシックとも違うし、環境音楽というほどに軟弱でもない。Maysの美意識が凝縮されたような楽曲ばかりであり、壮大な景色、宇宙規模の悠久の時間の流れを描写するかのような音の風景が広がる。

そして、最後のLong Life。初ソロアルバム所収のClose to homeに並ぶ美メロが、まさに生命の誕生からの歴史を描き出すかの如く滔々と紡ぎ出される。

実際のところは分からないが、MethenyがソロギターアルバムOne Quiet Nightを発表するのはこれから数年後。このソロアルバムに触発され、競争心を煽られた面もあるのではないだろうかと訝ってしまう。それほどにMethenyにとってみるとMaysのピアノとそのソロプレイというのは、敬愛する仲間の演奏であると同時に嫉妬するほどのものだったのではないか、改めてそう感じる一枚である。